2019/07/09 07:14

  西洋絵画の歴史の流れからみると、絵画に描かれるモデルが、社会の底辺で生きる人々だったことはそれまで無かった。なぜなら美術とは「美」を描く表現であり、美術は王室や貴族など一部の特権階級の人達のためのものであった。そんな一部の特権階級だけが愛好する美は、特別で豪華で一般の人には手の届かない、それが常識だった。

19世紀の終わり、そんな美への常識を覆したのがピカソだった。

「美とは平等なのではないか?」

ピカソは、きっとそんな問いを投げかけたのだ。

世の中の底辺で生きる人々、ああはなりたくないと思われる人達。。。そんな、今までの美術とは、かけ離れたところに光を当てたピカソ。

 ピカソはもしかしたら敢えて「聖母マリアの青」を使ったのかもしれない。

 富や名誉は一部の人しか持てない不平等なものかもしれない。でも、悲しみや、哀れみ、そして慈悲の心は、平等だ。

「聖母マリアの青」はルネサンス時代、ラピスラズリの原石を削り、すり潰して顔料にした大変高価な青(ウルトラマリン)が一般的に使われていた。

しかしその青の根底にある「慈悲の力」をピカソは感じとっていたのではないか。


聖母マリアの慈悲と重なり合った癒しの青は、

世の中の根底に存在する名もない人達に降り注ぐ青であるはずだ。

特権階級だけじゃなく、全ての人に、そして世の中に疎まれる存在の人々にも共通してあるもの。

悲しみや哀れみ、そして楽しみや喜び、

そこに美が存在する。 

平等=普遍 なのだ。

そして、美は、平等で普遍なのだ。

ピカソの青の時代を改めて見てみるとそう思った。

青の時代、ピカソは、人間の普遍的価値、「美」に対する表現が生まれた。

そしてピカソの戦いが始まったのだ。

つづく…。



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